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減量外来で気づかされること。アドバイスよりも大切な「見届ける」という役割。

医療の場といえば、医師が専門知識をもとに指導を行い、患者さんがそれを忠実に実践するというイメージが強いかもしれません。しかし、当院の減量外来を運営するにあたり、私は「医師はあえて多くを語らず、前に出ないほうが良いのではないか」と考えることがあります。今回は、日々の診察の中で私自身が感じている人間の心理と、目指したい対話のあり方についてお話ししたいと思います。
自分で見いだした理由こそが、人を動かす
17世紀のフランスの哲学者であるブレーズ・パスカルは、人間の心理の本質を突いた次のような言葉を残しています。
「人は通常、他人の精神の中で見いだされた理由によってよりも、自分自身で見いだした理由によって、よりよく説得されるものである」
どれほど正しく、専門的なアドバイスであっても、他人から押し付けられた「正論」では、人はなかなか心から納得し、行動を変えることはできません。患者さんが納得しないまま治療を進めることは、一時的な結果をもたらしたとしても、本当の意味での解決にはつながらないと感じています。
自分自身の手で気づき、自分自身で「これならできる」「こうしたい」と見いだした理由だからこそ、人は本当の意味で納得し、自発的に一歩を踏み出すことができる。そうあるべきだと考えています。
「痩せ方」は、すでにあなたの中にある
減量外来をしていて日々気づかされることがあります。それは、みなさん「痩せるために何をしなければならないか」を、自覚的にせよ、あるいは無意識にせよ、すでに自分自身でよく分かっていらっしゃるということです。
「甘いものを少し控えたほうがいい」「夜遅くの食事を減らしたほうがいい」「もう少し歩いたほうがいい」――。答えはすでに患者さんの中にあります。ただ、それを日々の忙しさや生活習慣の中で実行に移せていないだけ、ということが多いのです。
ですから、医師の役割は新しい痩せ方を一方的に教えることではないはずです。患者さんの中にすでに眠っている「答え」を、対話を通じてどうにか引き出してあげることが大切なのではないかと思います。
理解されたいというより、存在を見届けてほしい
イギリスのSF作家、テリー・プラチェットは、人間が相談という行為をするときの心理をこのように表現しました。
「誰かがアドバイスを求める理由は、その人からのアドバイスが欲しいからではない。自分自身に対して話し合っている間、誰かにその場にいてほしいだけなのだ」
外来でも患者さんはよく、「だれかと一緒じゃないとできない」「伴走してほしい」とおっしゃいます。「痩せ方を教えてください」と言われることはほとんどありません。
私たち自身も、誰かに悩みを相談しているとき、相手からの答えを求めているわけではないことがあります。ただ自分の思いを言葉にして、相手に聞いてもらっているうちに、不思議と自分の中から自然に答えが導き出されていく。そんな経験はないでしょうか。
このときの人間の深層心理を一言で表すなら、「理解されたいというより、存在を見届けてほしい」という欲求に近いのだと思います。
人は、完全な孤独の中で一人きりで考え続けるよりも、「誰かが静かにそこにいて、自分を見届けてくれている」という状況のほうが、はるかに自分自身を理解しやすく、自分の思考を整理することができるのです。
専門家としての過剰なアドバイスと、これからの精進
心理学の分野には、患者さん自身の内発的な変化を促す「動機づけ面接」という知識があり、その重要性は頭では理解しています。
しかし、そうはいっても私自身、専門家として患者さんのためを思うがあまり、ついつい過剰にアドバイスを詰め込んでしまいそうになることが今でもあります。「あ、また言い過ぎてしまったな」「もっと静かに見届けるべきだったな」と、理想通りの対話ができずに反省するこが多いです。本当に患者さんが求めている内容だけは必要最低限で提供出来るような減量外来が理想なのだと考えます。
当院の減量外来が、患者さんにとって「静かに存在を見届けてもらえる場所」になれているかと言えば、まだまだ発展途上かもしれません。それでも、患者さん主導の、患者さん自身が答えを見つけられる外来でありたいと願い、日々精進を続けています。
冨田医院 医師 岡田一樹