
「ストレスが溜まると、お腹が空いていないのについお菓子に手が伸びてしまう」
「『今日だけは思いっきり食べよう』とドカ食いしてしまい、後から強い自己嫌悪に襲われる」
冨田医院の減量外来で患者さんと向き合っていると、このようなお悩みを本当に多く伺います。
多くの方は「自分は意志が弱いから痩せられないんだ」とご自身を責めてしまいます。しかし、行動科学や最新の医学的知見から見ると、食べ過ぎてしまう本当の原因は意志の弱さではなく、心の中に生じる嫌な気分から逃れようとする「回避行動」という心理的な防衛反応にあります。
今回は、私たちがなぜ感情に流されて食べてしまうのかというメカニズムと、心理療法「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」の考え方を取り入れた、リバウンドしないための「不快な感情との付き合い方」について詳しくお話しします。
ACTについて解説したブログは下記から参照下さい
肥満症治療における医学的エビデンス:なぜ今、減量外来で「第三世代の認知行動療法」が必要なのか
1. 私たちが食べてしまう本当の理由|感情的摂食と「回避行動」
空腹ではないのに食べてしまう「感情的摂食」の根底には、無意識のうちに以下のような心のメッセージが隠されています。
だから、気分を良くするために今すぐ何かをしなければならない。」
この「不快な感情を感じたくないから、別の行動で打ち消そうとする行動」のことを心理学で回避行動と呼びます。
そして、嫌な感情を手っ取り早く打ち消す手段として、「食べること」は脳にとって極めて有用で即効性のあるスイッチなのです。甘いものや脂っこいものを口に入れると、脳内ではドーパミンが分泌され、一瞬で不快感が麻痺して心地よい気分に包まれます。
しかし、この回避行動には大きな落とし穴があります。回避による心地よさはあくまで「短期的・一時的なもの」に過ぎません。食べ終わって数時間も経てば、根本的なストレスの原因は何も解決していないばかりか、「また食べてしまった」という強い後悔や罪悪感、体重増加という新たな苦痛を生み出してしまうのです。
2. 「楽しいときの食べ過ぎ」も実は回避行動?|欠乏感の正体
回避行動は、落ち込んでいる時やストレスを感じている時だけに起こるわけではありません。旅行や飲み会、バイキングなどで「せっかくの楽しい場だから」と限界まで食べ過ぎてしまうことも、実は回避行動の一種です。
その根底にあるのは、「欠乏感(損をしたくない、満足しきれないのが嫌だ)を避けたい」という欲求です。
【無意識の思い込み】
『自分の欲望をすべて満たしきらなければ、この楽しい時間を100%楽しむことができない』
「少し腹八分目で我慢する」「目の前のご馳走を残す」というわずかな物足りなさに耐えることができず、その欠乏感を避けるために過剰に胃袋を満たそうとしてしまいます。
3. 感情と戦うことに貴重なエネルギーを使い果たしていませんか?
回避行動が多い人は、体重のコントロールだけでなく、人間関係や仕事など生活のあらゆる面で生きづらさや問題を抱えやすくなります。
なぜなら、人間が一日に使える精神的なエネルギーには限界があるからです。
「イライラしてはいけない」「食べたい欲求を力づくで消し去らなければならない」と自分の感情や衝動と戦うことに貴重なエネルギーを使い果たしてしまうと、本当に自分の人生にとって大切なこと(健康管理、家族との時間、自己実現)に注ぐためのエネルギーが残らなくなってしまいます。
大切な事実:感情はコントロールできなくても、行動は選べる
私たちは「ストレスを感じないようにする」「食欲を完全にゼロにする」といった感情そのものを完全にコントロールすることはできません。しかし、「どんな感情が湧いていようとも、自分を思いやり、目的意識を持って行動を選ぶこと」は誰にでも可能です。
4. 人生を前進させる鍵「ウィリングネス」とは
では、感情から逃げるでもなく、力づくで戦うでもなく、どうすれば悪循環から抜け出せるのでしょうか?
現代の行動療法(ACT)において最も重要視されるのが、「ウィリングネス」です。
ウィリングネスとは、「不快な状況や感情をそのまま受け止めながら、自分にとって本当に価値のある行動を自発的に選択すること」を指します。
意欲に「条件」をつけてはいけない
多くの方は「ストレスがなくなったら運動しよう」「完全にやる気が出たら食事制限を始めよう」と考えます。しかし、これは「快適な感情」を条件にしてしまっています。
真のウィリングネスをもって行動するとき、私たちは一時的な快適ゾーンから一歩外に出る必要があります。
嫌な感情や身体の不快感を無理に消そうとせず、いったん立ち止まって要素ごとに分解してみるのです。「胸が少しざわついているな」「口元が何かを噛みたがっているな」と客観的に観察し、その不快感がそこにあることを認めるスペースを作ってあげることで、感情に振り回されずに健康的な行動を選び直す余裕が生まれます。
5. 不快感やストレスを「パーティーの客」として迎え入れる
ACTには「招かれざる客のメタファー」という有名な例え話があります。
あなたが自分の家で楽しいパーティーを開いているとします。そこに、少し身なりが悪く口うるさい、歓迎したくない客(ストレス、疲労、悲しみ、急な食欲)がやってきました。
もしあなたが「この客を絶対に入れない!」とドアを必死で押さえつけ続けたらどうなるでしょうか? あなたはずっと玄関に張り付いていなければならず、せっかくのパーティーを楽しむことができません。
一番賢い方法は、「好きにはなれないけれど、部屋の隅にその客がいることを認めて招き入れ、自分は大切なゲストとの会話を楽しむこと」です。
食欲、ストレス、疲労、孤独感といった感情を「排除すべき敵」ではなく、「心の中に湧き出た一時的なゲスト」として受け入れることができれば、過食で感情を塗りつぶす必要がなくなり、より健康的な食事を少量味わって選び、心地よく身体を動かす自由を取り戻すことができます。
6. パターンを破るための実践練習|あえて欲求の場に身を置く
不快な感情に耐える力(ウィリングネス)を高めるには、頭で理解するだけでは不十分です。「不快な状況の中で、今までと違う前向きな行動を起こす練習」を繰り返す以外に方法はありません。
【行動医学の鉄則】
「パターンを破らずに、パターンを破ることはできない。」
不快な状況や食べたい衝動に慣れるためには、あえてその状況に身を置き、衝動が生じた瞬間に「今までとは違う新しい選択」をする練習が必要です。
ACTのアプローチでは、食べ物を完全に視界から隠すのではなく、あえて欲求が生まれる状況に身を置きながら、「食べたい波(衝動)」が最高潮に達して自然と引いていくのをただ観察する練習などを行います。
「食べたい衝動が湧いても、すぐに食べなくても自分は安全である」「不快感を感じたままでも、温かいお茶を飲んでやり過ごすことができる」という成功体験を重ねることで、脳の古い神経回路が書き換わり、リバウンドしない本質的な習慣が身についていきます。
7. 心と身体の両面を支える減量医療を
減量は、単なる「摂取カロリーと消費カロリーの引き算」ではありません。
日々のストレス、感情の波、生きづらさとどう向き合い、自分自身をいかに大切に扱えるかという「心のケアと生き方の再構築」そのものです。
八女市黒木町の冨田医院では患者さんが一生涯にわたって健康的な生活を続けられるよう、行動心理学に基づいたメンタル面のサポートにも力を入れています。
「ついついストレスで食べてしまい自己嫌悪に陥る」「ダイエットを始めたいけれどいつも途中で挫折してしまう」とお悩みの方は、決して自分を責めずに、ぜひ当院へご相談ください。不快な感情と上手に付き合いながら、あなたにとって本当に大切な未来に向かって一歩を踏み出せるよう、私たちが全力で伴走いたします。
八女市黒木町
冨田医院 医師 岡田 一樹