こんにちは。冨田医院の医師、岡田一樹です。

当院の減量外来でGLP-1受容体作動薬(マンジャロや、リベルサスなど)による治療を続けている患者さんから、治療開始後2〜3ヶ月、あるいは半年ほど経った頃によくこのようなご相談を受けます。

「先生、最初はほとんどお腹がすかなかったのに、最近しっかりお腹がすくようになってきました…」
「もしかして体が薬に慣れてしまって、もう効かなくなってきたんでしょうか?薬の量を増やしたほうがいいですか?」

治療を始めたばかりの頃の「まったく食欲がわかない感覚」や「食べ物のことを忘れられる感覚」を覚えている方ほど、お腹がすくようになったときに「リバウンドしてしまうのではないか」と強い不安を感じてしまいますよね。

しかし、結論から申し上げますと、お腹がすく感覚が戻ってきたとしても全く心配いりません。体重が減り続けている、あるいは目標体重をキープできているのであれば、薬はしっかりと効いています。

今回は、なぜそのように言い切れるのかについて、米国の権威ある臨床栄養学雑誌に発表された最新の学術論文のエビデンスを交えて詳しくお話しします。


米ペンシルベニア大学の最新研究が解き明かした「食欲の錯覚」

2024年、米ペンシルベニア大学のJena Tronieri博士らの研究チームが、国際的に著名な医学誌『The American Journal of Clinical Nutrition』に非常に興味深い臨床試験の結果を報告しました。

この研究では、セマグルチド(GLP1製剤)2.4mgを投与したグループと、偽薬(プラセボ)を投与したグループの合計120名を対象に、投与開始から60週(約1年2ヶ月)という長期にわたって、「本人が感じる食欲」と「実際に食べた食事の量」を厳密に測定・比較しました。

研究で分かった驚きの事実

この研究では、時間の経過とともに患者さんの「感覚」と「現実」に面白いズレが生じることが明らかになりました。

  • 投与開始20週(約5ヶ月)の時点:
    患者さんが主観的に感じる「空腹感」も「食べ物への執着」も大幅に抑えられており、実際の食事量も約30%減っていました。
  • 投与開始40週〜60週(約1年後)の時点:
    なんと、空腹時の「お腹がすいた」という感覚や「美味しそうだな」と食べ物に反応する気持ちは、偽薬を飲んでいる人と変わらないレベルまで戻っていたのです。まさに患者さんが外来でおっしゃる「お腹がすくようになった」という状態です。

「ほら、やっぱり慣れて効かなくなっているじゃないか」と思われるかもしれません。しかし、この研究の真骨頂はここからです。

研究チームは、空腹感を測定した後に、患者さんに「満足するまで自由に食べていい昼食」を提供し、実際に体に入ったエネルギー量(カロリー)を測定しました。

その結果、「お腹がすいた」と感じているにもかかわらず、実際に食べた昼食のエネルギー量は、60週時点でも偽薬グループと比べて24〜30%も少ない状態が維持されていたのです。

そして体重の変化を見ても、60週の時点で平均マイナス15.1%という非常に大きな減量効果がしっかりと維持されていました。


なぜ「お腹がすく」のに「食べる量」は減ったままなのか?

なぜこのような現象が起きるのでしょうか。その鍵は、「食べる前の空腹感」と「食べ始めた後の満腹ストッパー」の違いにあります。

治療を始めたばかりの頃は、薬の作用や初期の胃もたれ感によって、「そもそもお腹がすかない」「食べ物の匂いも嗅ぎたくない」という状態になります。しかし、数ヶ月経つと体や脳が薬の存在に馴染んできます。その結果、食事の時間になれば自然とお腹がすき、美味しそうなものを見て「食べたい」と思う、人間として極めて正常で健康的な感覚が戻ってくるのです。

ところが、いざ食事を目の前にして箸を伸ばすとどうなるでしょうか。

セマグルチドには「胃の動きを穏やかにして食べたものをゆっくり消化管へ送る働き」や「脳へ『もう十分に栄養が入ったよ』と満腹シグナルを素早く届ける働き」があります。この満腹ストッパーの機能は、長期にわたって衰えることなく働き続けています。

そのため、「以前のようにお腹いっぱい食べたい!」と思って食べ始めても、普段の半分や3分の2ほど食べたところで「ふう、もう十分満足したな」「これ以上はお腹に入らないな」と、自然に箸を置くことができるのです。なお当院が使用しているマンジャロやリベルサスでも同様の経験はしており、セマグルチドと同様の効果は私の実感としてもあると思われます。患者さんからも『お腹は減るが、体重は落ちてますね』という話はよくあります。

以上の科学的根拠からも分かる通り、「空腹感があること」自体は失敗でも薬の耐性でもありません。

むしろ、食事を美味しく楽しむための健全な感覚が戻ってきた証拠です。減量治療で最も大切なのは、食欲を永久にゼロにすることではなく、「お腹がすいたら美味しく食べ、適量で自然にごちそうさまができる状態」を一生モノの習慣にすることです。

もし最近お腹がすくようになってきたと感じたら、ぜひ次の2点を確認してみてください。

  1. 体重のグラフを見てみましょう:
    緩やかに減っている、あるいは減らした体重を維持できていれば、薬は完璧に役割を果たしています。無理に薬の量を増やす必要はありません。
  2. 食べ始めるときに「ひと呼吸」置きましょう:
    「お腹がすいたから」と慌てて大盛りをかき込むのではなく、ゆっくり一口ずつ味わってみてください。少しの量でスッと満腹サインが届くことに気づけるはずです。

当院では一人ひとりに寄り添う減量医療を

減量の過程では、体重の停滞期や体感の変化など、ご自身だけでは判断に迷ったり、不安になったりする局面が何度も訪れます。

薬を使うことだけが目的ではなく、「なぜその変化が起きているのか」を医学的に正しく理解し、安心して健康な体づくりを続けていただけるよう、一人ひとりの声に丁寧に耳を傾けながら診療を行っています。

治療中の疑問や体感の変化、ご不安なことがありましたら、どうぞ診察室でお気軽にお尋ねください。二人三脚で、健やかな毎日を目指していきましょう。

冨田医院

医師 岡田 一樹